松葉眞一医学士は、1904年(明治37年)の日露戦争に従軍後、廣島陸軍病院に勤務した。廣島陸軍病院では、ドイツで医学を修得した渡辺医学士につき、秦野ドクトルから眼科的手術を習得した。
専門領域を、主として眼科とし、民間医療への貢献を目指し、廣島県下にて医術開業の志を立て、徐々に開業の理念を書き留めていった。
医術開業廣告(開業申請書)によれば、入院のための病室の設備、診察時間、往診時間、開設場所などを、書きとどめている。